スイミング通いを書いて以来、実はプールに行っていない。
まさに三日坊主となってしまった。
ゴールデンウィークのマック特番から始まり、毎週特番に
追われるハードな日々が終わり、やっと一段落つけた。
暇になると体調をくずし、先日夜中に胃けいれんになり
七転八倒の痛みを味わった。翌日医者に診て貰ったが
特に異常はないとのこと。
これがきっかけで痩せるかも・・・と密かに期待もしたけど、
元気ピンピンに回復し食欲も戻ってしまった。(笑)
さてスィミングだが。
私が泳げるようになったのは小学校4年生の時だ。
久茂地小学校から東京の学校に転校すると、
校庭にプールがあった。
40年前の沖縄には、プール完備の小学校はなかったので、
「東京はさすがに違うな!」 と驚いた。
クラスメートは低学年から泳ぎの練習をしているので、
泳げないのは私一人だけ。
海に囲まれた沖縄から来ているのに、泳げないなんて変!
と笑われた。
その言葉に奮起して、それまで水を怖がっていたのに
目をギュッとつぶり、息をとめて手をしっかり伸ばしたら、
少しだけ確かに浮いていたことを感じた。
嬉しくてもう一回やってみたら、また浮んだ。
目をつぶってはいけないと言われたのだが、
恐くて開けられない。
それで家でも洗面器に水を入れて、息を大きく吸って
ブクブク吐きながら、目をパチパチさせて練習した。
お陰でプールでも息をはきながら進むことが出来、
それからは少しずつ距離も延びた。
学校では定期的に試験があり、縦の短い距離10mを
泳げるようになると 「赤いヒモ」 をくれる。
それを水着の前に縫いつけるのだ。次に横15mクリアー
すると2本線、それから距離を伸ばしたり、色々な
泳ぎ方を覚えると 「赤線」 の数が増え、更に上のクラスに
なると別の色になるが、「赤線」 3本で終わったので、
次が何色だったかは覚えていない。
私がスポーツであんなに一生懸命になったのは、
あれが最初で最後だ。何が私をそうさせたのか?
沖縄がバカにされたからなのか?よく分からないが、
その後で私はウチナーンチュがもっとバカにされることを
言ってしまった。
水泳のシーズンが終わり、運動会の練習が始まった頃、
「沖縄では走るのは速かった」 と嘘をついてしまったのだ。
久茂地小学校時代、足の速い子だけ残されて
リレーの練習をしているのをいつも羨ましく見ていた。
東京には私が遅いことを知っている人はいないので、
もしかしてリレーの選手に選ばれるかもしれないと
嘘の申告をしてしまったのだ。
でもね、世の中そんなに甘くないよね。
リレー選手はみんなを走らせてから、タイム上位者から
選ばれたのだ。
「本当に速かったの?だとしたら
沖縄の子はみんな遅いのね。」
と言われたが引っ込みがつかず、沖縄の子を
のろまにしてしまった私。
以後嘘つきは止めたと言いたいけど、
ちょっとはついてるなぁ・・・
Hiromi